今更ですが、花子とアン全話観た感想です。※批判あり

※内容に批判めいたものがあります。
花子とアンが大好きな方は読まない方が良いと思います。

赤毛のアンの作家・村岡花子さんを元にしたドラマだということで、同じく実在した人物をもとに描いた朝ドラ『カーネーション』が面白かっただけに開始前から期待してました。

冒頭の特殊メイクに固められた吉高由里子さんが登場し、『赤毛のアン』の翻訳をするシーンは、『お!!』と思いましたし、本が大好きな花子が父に連れられ、修和女学校での生活をスタートさせたあたりも結構楽しめました。

楽しめたというか、なんか期待が膨らんでいたと言うか・・・とにかく、まあ楽しんでみていたわけです、はい。

今、思えば、慣れない学校生活に戸惑いながらスタートし、徐々に英語に慣れ親しんでいく過程がこのドラマで最も楽しんでいたところかも。
英語の課題を切り抜けるため、スコット先生のラブレターを写した事が富山先生にばれたところがMAXっす(笑)

大河『義経』以降、ともさかりえさんの演技がなんかツボなので、個人的には、もっと富山先生と花子がやりやって欲しいと、思っていましたが…結局、富山先生は徐々に出番が減り、花子に英語を教えた恩人というより、昔ちょっと出たキャラというポジションに。スコット先生とブラックバーン校長は終盤でも出てきたのに…寮母・茂木先生と富山先生はあんまりな感じで、ちょっとそりゃないぜ状態。
カンニング竹山さんも、強面の地主として登場し、主人公との絡みを期待していたんですが、ほとんど花子と関係のない人物に…。

そもそも、各キャラの性格が序盤と後半で変わりすぎなような違和感がとにかくありました。例えば、カンニング竹山さんが演じた甚之介は、登場したばかりは、強欲で幼い花子が奉公に行きたいと頼んだら用意する、情けがあまりない印象の人物だったのに対し、後半は、もう地主の鏡と言うか…花子の兄のために宴を開き、花子の見合い、結婚式場として場所を提供したり…完全にキャラ迷走してたように思えて仕方ありません。

伝助も登場したときは無骨で女好きのどうしようもない男でしたが、最後は金持ちで理解のある気さくなジェントルマン。まあ、これは大人の事情があるとかないとか(笑)

なんかそういうキャラの起用が、だんだん『あれ?なんか違うぞ』ってな感じになっていき、極めつけは蓮子の旦那・龍一(笑)
これについては、もはや書くこともないですが、そういった期待していた割に…という感触が重なっていきました。

いや、つまらないというわけではないんです。後半も面白い箇所はありましたし、歩エピソードは、本当に泣けた…。でも…やはり、一番面白かったのは修和時代かなって…。思い返せば、16歳になった花子が辞書を求めて廊下を走るシーンがあまりにも胸が高鳴ったので、相当、私の想像の翼が大きくなってたみたい(笑)

視聴率が高い割には、批判が多いドラマだと思うんですけど…かなり目にしたのが、蓮子のエピソードやりすぎということ。これは私の周囲もそういう意見が多かったし、私もそう思います。確かに白蓮は世間を騒がせたし、伯爵家令嬢という立場も手伝って、キャラも立ちやすいし、エピソードも沢山。でも、主人公より目立ったら駄目でしょう…
そんな事情を汲んでか汲まないか解りませんが、蓮子と伝助は偶然再会→和解し、伝助氏フェードアウト。その途端、しばらく、ぼんやりしたドラマに…。

実際には、蓮子(白蓮)と伝助はドロドロ劇は続いたらしいですし、英治は前妻との間に子供がいるのに、花子と出会って半年で不倫の末、結婚。まあ、こういったことは朝ドラですから曲げてもいいとは思うのですが、架空の人物がとにかく大活躍しまくりんぐの展開がね…私はどうも性に合わないみたいんです(笑)

つーか、『妹夫婦たっての希望で美里は養女に…』ってナレーションの美輪さんが解説をしてますが『苦労して産んだ娘を養女に出たい理由』が、本当に理解できませんでした。
で、ネットを徘徊していたら、花子が養女にしたいと希望したとありました。
まあ、ソースがネットなので、どこまで本当かはわかりませんが…でも、筋は通ります。

その妹・ももは、父の薦めで北海道に嫁ぐエピソードもなんだか変でしたし…
『朝市が姉のことが好き』→『じゃあ会ったこともない男に嫁ごう』→『周囲誰も止めず』

そして極めつけが…蓮子の手紙事件。
蓮子「この手紙を託します。あなたが投函して下さい。あなたへの愛の証しですから」
龍一「ありがとう。蓮子」

→なんでか解らないけど、早速、“愛の証”を友達に託す龍一。

→投函するよう頼まれた手紙を、革命と言って何故か新聞社に送る友人達。
  
→新聞を見て『してやったりだ(笑)』と歓喜する友人に龍一氏、名言を吐く。

『なんて事をしてくれたんだ!』

…いや、お前が言うな(笑)

こういう『は?なんで?』って、シーンが結構多かった印象が強いです。
龍一は、戦争をやめさせるために、謎の行動するし(笑)、精神的にダメージを負った醍醐さんは勝手に立ち直っているし、蓮子は、ふじのことを『おかあ』とか呼んでおきながら、それっきりだし…。

たぶん、根本的な原因に架空の登場人物がフューチャーしすぎて、脚本家の人が当初のキャラ設定やエピソードを忘れてしまったんじゃないかなって。

いや、本当に改めて架空の人物キャラが結構どうでもいい感じで…なので、今度の朝市のスピンオフドラマも観ないと思います。でも、武のスピンオフなら観たかも(笑)

…そして、このドラマで何が一番残念だったかと申しますと、結局、蓋を開けたらドラマでは『赤毛のアン』にまつわるエピソードが少しだけだったいうところです。下手したら『王子と乞食』の方がエピソード的には長かったという始末。

タイトルが『花子とアン』にしてしまったので、逆に縛られてしまった?
それほど最後の週は怒涛のアンの台詞押し。
カーネーションのように、さりげないキーワードのタイトル方が良かったかも。

実際の村岡花子さんは『小公女』や『あしながおじさん』など数々の有名な作品を翻訳している方なので、それらのエピソードもみたかったなです。

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